ふたたびこの世に踊りが現れいずる時

大崎晃伸


 

美香さんが亡くなってから、美香さんが振りつけた踊りをはじめて習っている。

私は黒沢美香&ダンサーズの「ダンス☆ショー」に出演したことはない。

観客として見ていただけである。

 

 

「振りつけが残る」とは、どういうことなのか。

過去の映像が残っていれば、残っていると言えるだろうか。

たとえば、振付家が亡くなって数百年が経ち、振付家のことやその振付家が作り上げた振りつけを知る人が誰もいなくなったとする。

しかし振りつけが記録された映像メディアが発掘され、そこに映されたダンスに興味を持った人間が、映像から振りを起こし、自ら踊ったり、人に踊らせたりしたとする。

それは「振りつけが再生された」ということになるのだろうか。

その振りつけを踊った未来の人間は、どんな気持ちになるのだろうか。

たとえば、美香さんのことをまったく知らず、美香さんの振りつけを踊った、300年後の人間は。

 

 

振りつけは踊る人がいなければ残っていかないと思う。

踊られなければ、振りつけはこの世界に現れない。

 

 

私は、残したい。

しかしそれは、美香さんの振りつけを未来永劫残したい、ということとは少し違う。

振りつけが、またこの世に現れ出るということが、なんとも言えないすごいことのような気がするのだ。

しかもそれは、1人の人間が精魂込めて作ったものなのだ。

それが人の目に触れる。

私の思う「残る」とは、そういうことである。

 

 

以下は個人的な事情になるが、私は美香さんに振りつけてもらった経験は少ない。

ただ、踊りの道が始まるところまで、導いてくれたのだと思っている。

ここから先は、自分で進んでいかなければならないが、美香さんは振りつけを残してくれた。

そのなかで踊りについて学びたい、と思った。

 

 

そういう理由で、私は「ダンス☆ショー」の稽古にかよっている。

 

 


 

 

さて、前置きが長くなった。

この日の稽古は、「ゲーシャ」。

 

 

ダンサーズの稽古は、笑いが絶えない。

「ゲーシャ」の振りのなかで、「揉み海苔を散らす」というのがある。

両手にかかえていた巨大なギターを圧縮し、手のなかで揉みつぶし、自分の周囲の遠くに撒いていくのである。

吉田法子先輩は早くから揉みに入り、気合いを入れて力強く揉んでいた。

あの揉みかたなら、しっかりしたまさに「揉み海苔」が出来上がるに違いなかった。

恩田先輩がそれを見て、「吉田モミ子」と呼んだ。

笑いが起きた。

 

 

その吉田さんに、美香さんのダンス☆ショー稽古のことをうかがった。

美香さんは、みんなが揃うようになるまで、本当に何度も何度もやり直したそうだ。

1人でも違っていると、美香さんは見つけて、みんなでやり直したという。

 

 

吉田さんが「美香さんの言葉で言って! 美香さんの言葉じゃないと思いだせないのよ!」と稽古中におっしゃっていたのも印象的だった。

美香さんの言葉のなかに、踊りのニュアンスや質感がある。

だからみんなも、一生懸命美香さんの言葉を思い出そうとしている。

そのひと言で、一気にわかることがある。

 

 

一方で、「身体が覚えている」ということもあるのだ。

吉川先輩が言った。

「この動きのあとに、この動きだと納得いかないのよ」。

しっくりこない。

でも、動いているうちに、正しい振りが出てくる。

「こうだったと思うんです」。

みんな「そうだった、そうだった!」と納得する。

しかしその振りは、いったいどこから、どうやって戻ってきたのだろうか。

吉川さんの身体のなかに眠っていたのだろうか。

振りつけは、何年たっても身体のなかに保存されているのだろうか。

考えてみれば、とても不思議である。

 

 

振りつけが、この世に再び現れ出る現場に、立ち会っている。

 

 

※写真は、稽古後、掃除をしながら復習をする吉川先輩と吉田先輩。

 


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