振付をどう踊るか

磯島未来


 

久しぶりのダンサーズ稽古場。
ダンス☆ショー演目の稽古はじつに10年ぶり!磯島未来です。

 

久しぶりに会う人も美香さんの振付も、やはり始まるまではどうなるのかしらと想像がつかず心がざわついていたけれど、はじまってみると少しずつあの頃の勘のようななにかがカタカタ動き出していく。

 

今回わたしが出向いてなにをしたのかというと、当時踊っていた演目の動きのチェック(=美香語でいう【振り/動きの掃除】)が主に、そして踊ったことのない振付を伝える任務。

 

そして2日間、計6時間強の時間で取りかかった演目は、「Sing」「アモーレ」「ララ」「OSAKA」「ボレロ」、合間で「ゲーシャ」や「剣さん」も見せていただく。

 

 

10年ダンサーズで踊っていなくたって、カラダに染みついて頭で思い出そうとしなくても曲がかかれば動けるもの、映像見て記憶をどうにか辿ってやっと思い出すもの、演目によってやってきた年月や稽古数、付き合いが違うのでどれもこれも濃厚にカラダに残っているわけではないけれど、どうにかこうにか、当時の稽古場で飛び交った言葉を頼りに、自分のカラダを頼りに時間を進める。

 

これはダンサーズの稽古場に限らずどこでも言えることだと思っているけれど、動きを追っているだけでは、ダンスは生成されない。それはただの動きであって、踊りではない。

 

そして黒沢美香という人はそれをとにかく稽古場でよく言っていた。

 

踊らなければ何をやってもただの運動じゃない、だって踊っていたからどうしようもなかったじゃないですか、もうここでのルールなんてどうでもいいじゃないですか、と寛容に受け入れてくれることはたくさんにあった。

 

そしてわたしはそこでダンスを鍛えられ、いまに至って居る。

 

 

美香さんの寛容で厳しいダンスを代表しているのが「アモーレ」という演目。

 

わたしが知っているダンスショー演目の中でも、踊りに深く潜れる時間を多く過ごした。

 

ダンス☆ショー演目は、最近のものもあれば、20年以上前のものもあって時代がごっちゃごちゃである。黒沢美香という人が時代とともに常にダンスとは何かと疑問を持ち踊り続けてきたそのこととともに残っている振付の結晶である。

 

しかしその振付を作った美香さんはもう居ない。
だけど2017年に生きているわたしたちはその振付を踊ろうとしている。

 

居ない美香さんに頼ることはもうできない、だからわたしたちがダンスするためにもう一度振付を再解釈して踊りに向かわねばならない。

 

当時のことを思い出しているだけではダメなのです、だって踊るのはいまのわたしたちだから。
黙ってあった振付を動くことを美香さんが良しと思うかしら?
わたしたちがそのことをよく知っているはずでしょう。

 

ある約束事がダンスを邪魔しているなら、わたしたちはそれに敏感に反応も対応もしなければならないし、あることでダンスがしづらいのであれば、そんなもの取っ払う、そんな勇気を持つことがわたしたちには必要なのかもしれない。

 

ダンスするために、貪欲であること。
美香さんの振付は本当に太ももを立派にしてくれる、3日経っても稽古場の熱とともにまだ肉たちの悲鳴が残っている。

 

あんなに暑かった稽古場とは打って変わって、帰ってきた岩手は肌寒くて布団が離せない。
距離を感じる。

 

この距離をどう埋めていくか、これはわたしのこれからの課題。

 


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