美香さんに教えてもらったこと 〜意志の塊である大人たち

平松み紀


 

うちにある写真のほとんどが’90とか’91とか記載されている。

この表記がもう古い。バブリー。

 

伊豆珍旅行、川辺のバーベQ、野外イベント…。

 

※右のお二人は、掲載にあたりご連絡が取れず、お顔を隠してあります(ブログ担当:斎藤)

 

野外イベントの写真は「白州」だとばっかり思い込んでいた。

 

”1990年白州”とインターネットで検索しながら記事を書いた。ブログ担当の麻里子ちゃんとこぐれさんに文章と写真を送って、麻里子ちゃんがブログにアップしてくれた。

 

でも、やはり、写り込んでいるひとが多いから写真の了承を得よう、麻里子ちゃん、ちょっと待っててね、と、記事を下げてもらった。

 

次の日、各自にメールでお伺いを立てると

「俺は白州には行ってないぞ。会津田島は一緒に行ったけど」

と遠藤くんから即返信。

「えー、うっそー!」と写真を送信すると、「会津田島でしょ!みんな若いね」……うっ、嘘記事載せるところでした…。ありがとう、遠藤くん。

 

30年以上前のことはみんなで確認しないとな。

 

その会津田島パフォーマンスフェスティバルでの集合写真がカッコイイ。
カッコイイ大人たち。
今ではこのタイプ少ないかも。
たかおちゃんも遠藤くんもいます。
会津田島パフォーマンスフェスティバルでの話。「白州」と記憶していた話。

 

守られた舞台ではなく外で踊る野外フェスティバル。プログラムされていなくても踊ることは可能だ。突発的参加。

 

たぶん私は踊らなくてもよかったはず。「ダンスとは?」なんて全く考えずにクラッシックバレエ→ジャズダンス→モダンダンスとほぼほぼ健康的に育ったていた。温室育ち、衝動なし、ストイックさなし、アウトドアよりインドア。でも、野外イベントの空気の中、

「やらずには帰れない」

この気持ちだけで浜田剛爾さんの作品に飛び込んだ。竹を組んだ半円球。
「作品の中で踊らせてください」と挨拶に行くまでが、ど緊張。覚えていない。

 

結果、”微動”がダンスにならず完敗。

 

美香さんと出口さんは無言で背中を押してくれました。無邪気にシャチホコしている自分の写真を見ると全く何も考えていない顔をしています。意志の塊である大人についていくのに必死の日々ではありましたが、よくぞこんな若造と一緒に居てくれました。

 

この大人たちはみんなバラバラの日常生活を送っています。でもパフォーマンスフェスティバルに足を運び、一緒に露天風呂に入り、真剣に「UNO」で勝負をする。賭けているので負けると本気で悔しがる。大人げない。

 

ダンスや演劇の話になると熱くなり互いにぶつかる…日吉第七コーポでもよくありました。その話に入って行くことはできなかったけど、このひとたちの中に居たから「やらずには帰れない」というところまで飛べたんだと思う。あの日を乗り越えられたんだ。

 

あの人たちの影響を受けて私の血肉は濃くなりました。美香さんと一緒に居たから意志の塊軍団にも出会えました。

 

美香さんと出口さんの周りにいる大人に「生きざま」を見せてもらいました。

 

 

追記:伊豆珍旅行のリラックス写真。

こちらの大人たちも私の血肉。
安心信頼の空気感。大人の余裕です。

 


美香さんに教えてもらったこと 〜意志の塊である大人たち」への1件のフィードバック

  1. 浜田剛爾さん、ぼくはダンスを離れてからもかなりの期間一緒に仕事をしていた、というか浜田氏はぼくの直属の上司だったのでしたが、大阪か名古屋かでシゴトあとの食事中に、何やら会津田島の話になり、燃やしたパオの焼跡で踊ったコ(平松くん)のことを「あのコは印象的だったね、よく覚えている、いいパフォーマンスだった」と言ってましたよ。ぼくがホントに見てたんですか、何だかゴソゴソ片づけをしてたじゃないですか、と茶化すと、だって焼跡の上に渡した板を用意したのはオレだぞ、とムキになっていましたが、そうだったっけ? そんなに親切だったっけ? ただ、その後で山田せつ子さんの後進への指導力の素晴らしさを讃え始めたので、平松くんがそうではないことだけはちゃんと訂正しておきましたが(笑)。

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