群舞がダンスになる

大崎晃伸


 

1週間前の稽古で背中から落ちてまだ痛いので、この日は見る目に徹した。

 

ユニゾンの群舞であるゲーシャとウィーンを見て、「一緒に踊る」とはどういうことか考えた。
あるいは「群舞がダンスになる」とは。

 

「ダンスになっていない」とか「ダンスにしていく」という言い方がある。

 

ただ動いているとか、段取り通りに振りを踊るだけでは足りない、そこに「ダンス」が感じられるかどうか。
群舞にもそれがあると思う。

 

一人ひとりの動きが「ダンスになっている」こととは別に、群舞として「ダンスになっている」状態。
いや、その2つは別ではなくて、繋がっているのかもしれない。

 

同じ空間で踊っていればダンスなのか。
どうしたら群舞はダンスになるのか。

 

気配を感じる。
空気を送る。
影響を受ける。
同じ音楽や空間に向かっているという意識。
周りの身体とその身体が置かれた空間の把握。
アイコンタクトをする。
息を合わせる。

 

ウィーンは密集して床で踊る作品。
ぶつかるかぶつかるからないかというスレスレの密集具合。
うずくまって足を90度運ぶとき、ある人の足が隣の人の頭をふわっと乗り越えた。
そのまま地べたを進んでいたら、足が頭にぶつかっていた。

 

そういうところにも、群舞がダンスになることのヒントがあるように思えた。
相手の身体がどこにあるのか見ていること。
相手の身体を気遣うこと。

 

 


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