「勝手に」黒沢美香祭り、かどうか

小島晴子


 

今回、チラシ作業を進める中で、思った事は色々あるのですが、結局チラシに載らなかった「勝手に黒沢美香祭り!」という言葉について、記しておこうと思いました。

 

 

この言葉は、プロジェクト全体のタイトルを決めよう、という事になり、皆から意見を募っていたのですが、わりと、「追憶」とか「面影」とか(もっと素敵だった気もするけど)、どちらかというと重めの詩情溢れるタイトル案が並び、う~ん、そんなに素敵すぎなくて良いんじゃないかなぁ、と思った時に「勝手に黒沢美香祭り!」というフレーズが浮かんだのでした。

 

 

この言葉は、ダンサーズ内でも意見の分かれるところで、賛成派としては

 

「美香さんのいない中で、美香さんの作品を世の中に提示して良いのか」

 

「黒沢美香作品として提示できるほどのレベルに、本当にもっていかれるのか」

 

こういった不安の中、「勝手に」と銘打つ事で、

 

「どうしたって、本人には無断なのだから、それでよいのだ!」

 

的な良い意味での開き直りのよりどころとして、このフレーズを掲げておいた方が、自信を持って踊って行かれる、という事だったのではないでしょうか。

 

 

 

逆に反対派としては

 

「我々こそが、黒沢美香&ダンサーズであり、我々が黒沢美香作品をやらなくて、誰がやるんだ!」

 

「我々が思う、黒沢美香とは、こうだ!」

 

という自信と誇りをよりどころとして踊っているのに、「勝手に」と謳ってしまうと、オフィシャル感の否定になるので、ここは反対したいところだったと思います。

 

 

 

結局のところ、宇佐美さんのイラストが自由にチラシを横切ってくれたので、閉塞感もなく、何が何でもこの言葉をチラシに載せたい、というわけでもなかったですし、チラシ上の情報量は充分に多いので、「勝手に黒沢美香祭り!」という言葉はお蔵入りとなりました。

 

 

ですが、やっぱり私は、心の中でこの言葉を持ちながら、踊っているのです。

 

自由であるために。

 

 


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