「一人に一曲」に魅せられて -即興ダンスの効用-

金子典子


 

美香さんが出口→氏らと開催していた「偶然の果実」は、古今から人間の深遠なテーマである「主体」をいともたやすく「ダンス」にしてしまった。

 

即興性を持ち味にした芸術はいろいろあるけれど、「偶然の果実」を構成する「lonely woman」と「一人に一曲」はそのルールと即興性が卓越している。

 

観る人や周りのダンサーと気脈を通わせながら、誰もが「いま、ここ」にある「私」という主体の存在を掴み即時に表すことができる。

 

対話する言葉が見つからなくても,行き詰まっていても、「一人に一曲」踊ってみれば、心と身体が心地よく近付いて、今の自分が客観的に見え展望が開ける。

 

今、多くの人に必要とされている救済策である。仏バニョレ国際振付コンクールで、時代の理解が追いつかず拒否された逸話が示すように、生き馬の目を抜くポスト・モダンダンスの流れにあっても、美香さんの「ダンス」に対する「芯」を捉えた創造性と先見性は見事というほかない。

 

 


 

 

美香さんにとって、即興性はあらゆる作品の発芽エネルギーであったのかもしれない。

 

見たもの、記憶、音、イメージ、欲望、無意識…、降りてきたものを即座に振りに変換し、身体で表現する。瞬時に生まれた何気ない動きのなかに、知らなかった身体の内奥や思いもよらない無意識の世界が入り込んでくる。磨き抜かれた身体と心がインスパイアーされ偶然が実を結ぶ。

 

「偶然の果実」で、美香さんたちはこの至福の瞬間を体現する「場」を産みだした。それをたくさんの人に開放してくれた。そこが凄いところである。

 

 


 

 

慶應大学教授陣によるダンスユニット三日月会議が結成された頃、武藤先生の呼びかけで「hiyoko」という読書会が不定期に開かれていた。

 

あるとき前野先生の研究室で美香さんにその半生を語って頂く機会があった。

 

皆で買い集めた美味しいものをつまみながら、フランクな雰囲気の中で美香さんは語ってくれた。

 

小さい頃、芸術活動を支えるため夜踊る仕事で留守の多いご両親に代わり、弟さんの面倒をみていたこと。お米は水が透明になるまで研ぐこと。沢田研二(ジュリー)の追っかけをしていたこと。電車で勝手に遠くまで行き、家出娘とまちがわれ補導されたこと…。 「ゴッドマザー」の異名を冠するまでの奔放な少女時代を語る美香さんは楽しそうだった。

 

ニューヨーク留学時代に話が及んだとき、「私が影響を受けたのはジャドソンですから」という美香さんの一言がずっと心に残っていた。

 

ジャドソン・ダンスシアターは、’60~70年代から、日常の動作や作業的な動きを単純化したダンス作品を生み出した。

 

訓練していない人でも踊れる「デモクラシーの身体」ダンスは、自己の内面を表現するモダンダンスの対抗文化でもある。

 

単純化された動きを淡々と踊ることは、人間の本質を見えやすくし、観客が感じとる幅を広げる。ある種の美香さんのダンス作品に通底する特徴である。

 

単純化された動きが群舞になると、そのインパクトは社会性や歴史性まで帯びてくる。

 

美香&ダンサーズが躍る「クワイ」を初めて観たとき、私が受けた衝撃はここから来ていたと今さら喜びを噛みしめる。「シング」は破壊的な爆発力で観客を陶酔の渦に巻き込んでしまう。美香さんが生み出すダンス作品の魅力は、深くて広くて多彩である。

 

 


 

 

美香さんの留学とほぼ同時期、私もカナダ東部のモントリオールで留学生活を送り、ニューヨークの新しい文化の波を肌で感じていた。

 

ここでメデイア学という哲学に触れ,帰国後、絵画分析を通して現象学や精神分析に関心を寄せていた私は、慶應大学の「身体知」ワークショップで美香さんのダンスに出会うこととなった。

 

ダンスの門外漢であった私を「即興ダンス」の「場」に導き、「神ソロ」の評価と、厳しい叱咤で、私のダンスへの志を励まして下さった。美香さんに、心より感謝してご冥福をお祈りしている。

 

 

 


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