過去と現在の付き合い方、その1

磯島未来


 

椎名さんや佳恵さん、美沙緒さんと踊るのは何年ぶりだろう。

 

02年から通い出した綱島に行き出した頃のことはいまでも覚えている。

 

いまでもダンサーズで踊っている吉川さん、吉田さん、そして当時は田村さんも居て「お姉様」たちの下には、椎名さん佳恵さん、そしてオガワ由香さんの「お局」と呼ばれるスゴい先輩たちが居た。(勝手にわたしが心の中で呼んでいただけかもしれない)

 

上京したばかりのわたしに稽古場でダンスのあれこれをしごいてくれたのは美香さんもだけれど、間違いなくお局先輩の力が大きい。

 

 

03年の忘れもしない初めての麻布でのダンス☆ショー、ダンサーズで初めて踊るわたしは、「北京」を憧れの眼差しで見ていた。

 

04年も同じく麻布でのダンス☆ショー、ボレロの稽古のことは詳しく覚えていないけれど、本番の1日1日は鮮明に覚えていて、毎日心の持って行きどころに辛くダメだしの朝がいつもピリピリしていたけれど、体力しかなかったわたしはボレロの15分はいつもあっという間だった。

 

ずっと一緒に踊れる日々にも終わりは来て、少しずつ皆がそれぞれの理由で離れて行った。

 

そして今年、美香さんが亡くなったことでまたみんなで踊る機会がやってきた。なんてことだろう。

 

 

9月の2週めに行った久しぶりの綱島稽古では、「北京」や「ボレロ」を時間かけて組み立て直した。

 

「北京」は形態を変えて06年頃に踊る機会はあったが、原型の構成を知らないでいたので昔見ていたものもまるで今日初めて見たかのようで、なかなかこのときの稽古は身体に入ってこず。

 

そもそもこの「北京」や「ボレロ」はダンス☆ショーの演目の中でも、動きが細かくて、ある種のテクニックが必要でややこしい振りが多い。

 

「ボレロ」は、佳恵さんがその昔踊った時の構成を頼りにやってみる。

 

その映像もわたしが子どものときに何度も見ていたものだったので、あの当時憧れて止まなかったボレロの構成で稽古してみるというのは少し嬉しいもの。

 

とはいえ、現実の時間には憧れもへったくれも無く、体力は着いてこず足がもつれる崩れる。

 

「ボレロ」も何度か本番でやってきたが、その都度演出が異なっているので、今回はどうしたらいいものなのか。

 

振付は2パターンを延々と繰り返しなのだが、そのときのメンバー、構成・演出で全く見えるもの/見せるものが変わってくる。

 

言わばテクニックを必要とする動きの羅列をダンス☆ショーに普通に並べても、曖昧に浮くだけでなにも面白くはないのだろう。美香さんが不在のなかでどう「ボレロ」を構成していくか。

 

振りが完全の状態は当然に、どうしていくのが今回の最上になるのだろう。

 

 


『黒沢美香振付作品集「ダンス☆ショー」より』公演詳細

黒沢美香 振付作品集「ダンス☆ショー」より

 

 


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