綱島の座敷わらし

堀江実


 

昨年12月17日、夜明け前の綱島に私はいた。鶴見川の河川敷に三脚を据えてキャメラのファインダーを覗いていた。何もうつっていなかった。肉眼で見える深い闇のグラデーションは、フレームによって無慈悲に切り取られた世界では、黒一色に潰れて身も蓋もない虚しさしかない。ゆっくりとカメラを動かしてみた。なぜそうするのかもわからずにそうしていた。何がここにあるのか、なにを写すのか、なにを期待していたのか、今となってはもうわからない。ここにいなければならないわけではなかった。ここにいたいわけでもなかった。ただ、ここにいることを許されているような気はしていた。太陽があらわれ、世界があいさつをはじめた頃には、これでいいという不思議な充実感が私の身体に満ちていた。撮影がおわった。

 

 

そのとき掴み取った澄明な光と空気とともに、手元にあった稽古場の記録映像(私の撮影でない)によって掌編を拵えた。そのとても小さな玉のような感傷的な作品によって、そのひとの不在を自分自身に納得させた。今見返すと、それは、未来の私自身へ向けた手紙であった。

 

 

先日通過した企画のひとつ、追悼上映会の映像編集を任され、ダンサーズとの濃密なやり取りのさなか、夏も終わる頃に私はとつぜんに鶴見川の土手を駆けおりた。導かれながらも、確固たる意志を抱いて、駆けおりたそのままの勢いで稽古場に足を踏み入れた。無心の塊となってゴロゴロと全力で転がり込んだのだった。覚悟はすでに決まっていた。

 

 

それから数ヶ月、じっと凝固したまま私は踊る人びとを見つめている。愚直に稽古を重ね、幾度も踊ることによって、そのひとと出会い直し、自らの身体と出会い直し、自分自身とも出会い直していく。身体の奥に仕込まれた振付を発掘した冒険者たちは、その枷としての振付を、いまこの瞬間の身体によって鮮やかに裏切っていく。そして本番の舞台上には、艶やかな逞しい身体たちが痛快に躍動する豊穣な時間と空間がきっと立ち上がるだろう。

 

 

沈黙を保ち、ただひたすら祈るような気持ちで私は、踊るひとたちの傍らにそっと在りたいとおもっている。踊り手のひとりが、まるでずっとここに住んでるみたいだねと笑って言う。そう、私はいわば綱島の座敷わらしであった。

 

 


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